クラシック音楽、歴史上作曲家アーティスト別
試聴CDファイル
■R.シュトラウス 薔薇の騎士
ライニング(マルシャリン、元帥夫人)
ベーメ(オックス男爵)
ユリナッチ(オクタヴィアン)
ポエル(ファーニナル)
ギューデン(ゾフィー)
クナッパーツブッシュ ウィーン・フィル 55年
第1幕1
第1幕2
第1幕3
第1幕4
第1幕5
第1幕6
第1幕7
第1幕8
第1幕9
第1幕10
第2幕1
第2幕2
第2幕3
第2幕4
第2幕5
第2幕6
第2幕7
第3幕1
第3幕2
第3幕3
第3幕4
第3幕5
第3幕6
第3幕7
第3幕8
第3幕9
第3幕10
ウィーン国立歌劇場は戦後の再建に10年かかった。55年にようやく再建できた時、プリミエを8作品用意した。その内の1つがこの刺激的なクナッパーツブッシュによる薔薇の騎士である。当時のヨーロッパでは、この記念すべき開幕上演で、ドイツを代表するカペルマイスターであるクナは、やはりドイツを代表する作品であるニュルンベルグのマイスタージンガー(ワーグナー)を指揮すべきという意見が大勢を占めていたが、この演目ともう1つドイツにとって重要なレパートリーであったフィデリオ(ベートーベン)の核となる2演目は当時国立歌劇場の総監督の地位を手にしたカール・ベームが指揮することになり、批判が出た。世論ではフィデリオはワルターが指揮すべきといわれていた。この時ワルターには他の上演を打診されたが、彼は自分は絶対にフィデリオしかやらないと言い張りキャンセルして、歌劇場には足を運んだもののピットには結局入らなかった。クナは、ウィーンの権謀術数に満ちた体勢を嫌って歌劇場監督を辞退し、その結果新監督はベームに落ち着いた経緯があり、それでクナとしては今更立場をうんぬんするのもおかしな話なので普通にバラをやった。ベームはプリミエを4作品扱うことになっていたが、準備段階の重要な時に別荘に落ち着くなど務めを怠ったことで、たいへんな問題となり、ただちに解任された。その後カラヤン体勢が10年続くが、この間クナはウィーン国立歌劇場に入ることはなかった。このことがどれだけ大きな損失であったかは、本作を聴けば明らかであるのは悲しむべき現実だ。戦後のウィーン国立歌劇場は依然世界最高といわれていながら、二流の監督しか獲得できていない。こうした腐敗が伝統芸術に陰をもたらしたのは悲しいことである。ウィーン・フィルハーモニー管はすでに歌劇場が完成する前に薔薇の騎士をデッカへスタジオ録音で残していて(E.クライバー指揮)これもすばらしい内容だが、ほとんど同様のプロダクションで行われた本ライブはさらに興奮をさそう。ディテールが際立つ間と呼吸、艶めかしい弦のうねり、粋かしたワルツ、二重唱の響きがもたらした秘蹟・・すべてが香り高い芸術として極められている。これが地上で奏でられた音楽だろうか。

■R.シュトラウス 薔薇の騎士
ライニング(マルシャリン、元帥夫人)
ウェーバー(オックス男爵)
ユリナッチ(オクタヴィアン)
ポエル(ファーニナル)
ギューデン(ゾフィー)
エーリッヒ・クライバー ウィーン・フィル 54年
第1幕1
第1幕2
第1幕3
第1幕4
第1幕5
第1幕6
第1幕7
第1幕8
第1幕9
第1幕10
第1幕11
第1幕12
第1幕13
第1幕14
第1幕15
第2幕1
第2幕2
第2幕3
第2幕4
第2幕5
第2幕6
第2幕7
第2幕8
第2幕9
第2幕10
第2幕11
第2幕12
第2幕13
第2幕14
第3幕1
第3幕2
第3幕3
第3幕4
第3幕5
第3幕6
第3幕7
第3幕8
第3幕9
第3幕10
第3幕11
第3幕12
第3幕13
第3幕14
クナッパーツブッシュによる歴史的ライブに遡ること約1年、国立歌劇場の完成に先だって、ウィーンが誇るこの世界的な名器を用いてシュトラウスの傑作を録音するのにデッカが指名したのは、ウィーン出身の名指揮者エーリッヒ・クライバーであったのは粋なはからいであったと言っていいだろう。当時ウィーンで最も音響の良かったソフィエン・ザールにおけるセッションは、デッカの優れた録音技術によって、この上もない煌きをもって採らえられた。ウィーン・フィルの触れてしまったら壊れそうな精緻なガラス細工のような繊細な弦楽器の響きがこれほどまでに美しく収録された例を他に知らない。第2幕最後のシーンのワルツの旋律をすすり出すあたりのあたかも踊り手が奥ゆかしく品をもって足を踏み出すような表現や全体的に漂う艶めかしさは、これこそまさにシュトラウス演奏の極地であろう。第3幕の二重唱の恍惚とした響きは、すでに信じられない。かつてこの世で響いていた調べであることが・・。

■R.シュトラウス 薔薇の騎士 縮約版
レーマン(マルシャリン、元帥夫人)
マイヤー(オックス男爵)
オルシェフスカ(オクタヴィアン)
マディン(ファーニナル)
シューマン(ゾフィー)
ヘーガー ウィーン・フィル 33年
第1幕1
第1幕2
第1幕3
第1幕4
第1幕5
第1幕6
第1幕7
第1幕8
第1幕9
第1幕10
第2幕1
第2幕2
第2幕3
第2幕4
第2幕5
第3幕1
第3幕2
第3幕3
第3幕4
第3幕5
第3幕6
第3幕7
第3幕8
第3幕9
第3幕10
第3幕11
このウィーン・フィルの最盛期に録音されたもっとも輝かしい瞬間を収めたSP13枚分の歴史的録音は彼らにとってオペラ録音初というメモリアルなものだった。たとえ縮約版であったとしても・・。しかし、1911年に初演されたこの楽劇そのものの演奏の歴史という観点からみても十分メモリアルだったと言っていい。シュトラウスとホフマンスタールが初めからオックス男爵に想定していたといわれるマイヤー、初演以来ゾフィーを歌って好評を得ていたエリザベート・シューマン、ゾフィー、オクタヴィアン、マルシャリンの3役を歴任し歴史上最高の元帥夫人として伝説的なロッテ・レーマンら役者が顔を揃えていたからである。時期的な観点からみても2年もたたぬうちにマイヤーが死去したこと、ナチスの陰が忍び寄っており、これら偉大な歌手たちが後にウィーンを去ったこと、など考えてもまさにタイムリーだった。録音の歴史上、最良の収穫物の1つとなった本作は、目も眩むロマンティシズムに満ちている。例が悪いかもしれないがドリアンの匂いを始めて嗅いだ時の驚きに似ている。この濃厚な表現の背後にあるものは失われたハプスブルグ帝国の残像なのだろうか。酔いにも似た濃密さで幻惑させられてしまうほどの魔力を秘めている。この演奏を聴かなければ本当の意味で「薔薇の騎士」を理解したことにはならないのかもしれない。
