クラシック音楽、歴史上作曲家アーティスト別
試聴CDファイル
■ワーグナー トリスタンとイゾルデ
フラグスタート(イゾルデ)
シーボム(ブランゲーネ)
ズートハウス(トリスタン)
グラインドル(マルケ王)
フィシャー=ディスカウ(クルヴェナール)
コベントガーデン王立歌劇場合唱団
フルトヴェングラー フィルハーモニア管 52年
第1幕1
第1幕2
第1幕3
第1幕4
第1幕5
第1幕6
第1幕7
第1幕8
第2幕1
第2幕2
第2幕3
第2幕4
第2幕5
第2幕6
第2幕7
第2幕8
第3幕1
第3幕2
第3幕3
第3幕4
第3幕5
第3幕6
第3幕7
第3幕8
この名盤が録音された背景はいろいろあった。かいつまんで言うと、こういうことだった。当初、EMIのプロデューサー、ウォルター・レッグは自己の所有するロンドンのフィルハーモニア管を用い、お気に入りのヘルベルト・フォン・カラヤン(当時この楽団の監督)によって、このワーグナーの傑作を録音しようとしていた。イゾルデには当時最高の歌い手とされていたフラグスタートを配し・・、というよりフラグスタートを抜きにしては、トリスタンの録音は考えられなかった。それでレッグは早速フラグスタートへオファーを出し、偉大な録音への準備を開始した。しかし、それに対するフラグスタートからの返答は意外なものだった。それは指揮者をカラヤンではなく、フルトヴェングラーに差し替えてもらいたいというものだった。もちろん、フラグスタートは、レッグとフルトヴェングラーの間に確執があるのは知っていた。難色を示すレッグに対しフラグスタートは「私はフルトヴェングラーが指揮しないのでしたら歌いません」といった。それでやむなくレッグはフルトヴェングラーへオファーを出すが、今度はフルトヴェングラーがレッグが録音するなら自分はやらないといいだした。フラグスタートはフルトヴェングラーに「私はレッグが録音しないのでしたら歌いません」といった。ちょっと頭が混乱してきた。子供のけんかみたいだが要点はこういうことだった。フラグスタートは、この録音が歴史に残るものになるであろうことを予期していたのは間違いないと言われている。この録音にとって彼女の存在が必要不可欠であったのと同様、彼女にとってもこの2人は絶対必要だった。こうしてこれら3人の天才が一堂に会して録音する類希なセッションの舞台は整えられたのだった。生涯、録音の音質にあまり恵まれなかったフルトヴェングラーがここでレッグを得たことで、このワーグナーの印象的な作品を最良の形で残せたのは演奏芸術の記録の歴史上、幸運なことと言わねばならない。若い奏者が主体のフィルハーモニア管の団員たちは、このドイツの偉大な指揮者がやってくることを心待ちにして喜んだといわれている。音の1つ1つに執念を持って取り組んでいた時代の記録がここにある。
■ワーグナー トリスタンとイゾルデ
ブラウン(イゾルデ)
クローゼ(ブランゲーネ)
トレプトゥ(トリスタン)
フランツ(マルケ王)
ショフラー(クルヴェナール)
バイエルン国立歌劇場合唱団
クナッパーツブッシュ バイエルン国立歌劇場 50年
第1幕1
第1幕2
第1幕3
第1幕4
第1幕5
第1幕6
第1幕7
第1幕8
第1幕9
第1幕10
第1幕11
第1幕12
第1幕13
第1幕14
第2幕1
第2幕2
第2幕3
第2幕4
第2幕5
第2幕6
第2幕7
第2幕8
第2幕9
第2幕10
第2幕11
第2幕12
第2幕13
第3幕1
第3幕2
第3幕3
第3幕4
第3幕5
第3幕6
第3幕7
第3幕8
第3幕9
第3幕10
第3幕11
第3幕12
第3幕13
第3幕14
イタリアというところは、こういうものに対してふさわしく見る目がある人が多い傾向があるようだ。採算も比較的重要視しすぎないので、発売をあまり躊躇しない。(いや、実際は推敲を重ねての結果かもしれないが・・)そしてイタリアの制作会社がレア・未発表盤を出してくるとだいたい質の高いものが多い。このアルカディア盤のすばらしさに接するのは、そのことを再確認するに余りあるが、聴き進んでゆくうちに、そういうことを忘れてしまいそうなほど本作の魅力はまばゆ過ぎる。この作品は凡演で聴かされると退屈でしょうがないが、人によっては慎重に組んであるフルトヴェングラー盤を聴いても同じように感じるかもしれない。しかし、これはどうだろうか。すべての旋律がこれほど生き生きと流れる例が他にあるだろうか。空気をたっぷり含んでゆっくりと掃き出すような雄大な流れは、心地よく身を横たえてずっと聴いていたくなってしまう。長いので前奏曲か愛の死(最初と最後)だけでも聞き比べれば、他とは次元が違うことを確認できるだろう。魔術のようだ。音楽の力だけでコンウォールの空想世界を作り上げてしまった、そんな演奏である。
■ワーグナー トリスタンとイゾルデ
ブラウン(イゾルデ)
クローゼ(ブランゲーネ)
トレプトゥ(トリスタン)
フランツ(マルケ王)
グロッスマン(クルヴェナール)
バイエルン国立歌劇場合唱団
E.クライバー バイエルン国立歌劇場 52年
第1幕1
第1幕2
第1幕3
第1幕4
第1幕5
第1幕6
第1幕7
第1幕8
第1幕9
第1幕10
第1幕11
第1幕12
第1幕13
第1幕14
第1幕15
第1幕16
第1幕17
第1幕18
第1幕19
第2幕1
第2幕2
第2幕3
第2幕4
第2幕5
第2幕6
第2幕7
第2幕8
第2幕9
第2幕10
第2幕11
第2幕12
第2幕13
第2幕14
第2幕15
第3幕1
第3幕2
第3幕3
第3幕4
第3幕5
第3幕6
第3幕7
第3幕8
第3幕9
第3幕10
第3幕11
第3幕12
第3幕13
第3幕14
第3幕15
「トリスタンとイゾルデ」という作品は、オペラ指揮者が情熱を傾けたくなってしまう抗しがたい吸引力を持っているようだ。そのため多くの名匠たちがこぞってこの作品を取り上げ力作を残してきた。それでもなぜか、真のカペルマイスターにとって録音の機会を得るだけでも困難だったのは世の矛盾を目の当たりにするようで、深く考えるのに抵抗を感じてしまう。20世紀最高のワーグナー指揮者だったクナッパーツブッシュとその弟子レジナルド・グドオールは結局、正規録音を残していない! これが戦慄すべき事実である。カルロス・クライバーは「あなたはなぜリング(ニーベルングの指輪)を録音しないのか」と問われた時に「グドオールの録音があるのにどうして必要なのですか。わたしはこれ以上の演奏はできません」と回答したといわれている。クライバーが当時すでにヨーロッパで最高の名声を獲得しており、グドオールがコベントガーデンのアシスタント指揮者にすぎなかったことを考えれば、驚きの発言だったことは想像するに難くない。クライバーがコベントガーデンに客演した時にはわざわざ舞台裏に足を運びグドオールを表敬訪問したことはよく知られている。 カルロスの父エーリッヒ・クライバーも時々コベントガーデンには客演したが、その時には必ずアシスタントにグドオールを指名し、リハーサルをすべて任せたといわれている。グドオールがつかの間の成功を手にした時にはエーリッヒの妻が手紙を送り「夫と私は我が子の成功ように喜んでいます」と書き送っている。一流は一流を知る、という言葉があるが、普通の人には見えていない何かがあるのだろうか。エーリッヒ・クライバーも最後までトリスタンを録音できなかった。それでこのライブを静かに聴いている。静かで澄み切った世界・・。彼はこの物語の中に何を見たのだろうか。
